「あなたの心に…」

 

 

 

Act.4 ひとりぼっちのアイツ

 

 

 あれから2時間も寝られなかった。

 これってキツイわね。幽霊って夜中専門なの?

 こっちのことも考えてもらわないといけないわ。

 それに情報量が少なすぎよ!

 アイツにどうこうってのは、マナからもっと色々聞き出してからね。

 今日はゆっくり観察してやるわ。

 ローレンツとの事もあるしね。

 

 私は早めに学校へ行ったわ。

 ギリギリだと、観察し損なっちゃうかもしれないからね。

 昇降口でヒカリと一緒になって、そのまま教室へ。

 教室には誰もいなかった。ふ〜ん、20分前じゃこうなのか…。

「こんな時間に登校するのは、私くらいよ。大抵10分前くらいからかな」

 ヒカリはそう言いながら、教室の後ろの棚にあった花瓶を持って廊下へ出て行った。

 私は何の気なしにヒカリが取り上げた花瓶の場所へ歩いていったの。

 こんな場所にどうして花瓶が…。

 その理由に気づいた瞬間、私の目は潤んじゃった。

 花瓶の場所には、小さな写真立てがあったの。

 その中でにっこり笑ってるのは…、マナだったわ。

 あの娘…、やっぱり死んじゃってるのね。

 可哀相…、でもいい顔してる。

 

「なかなかいい笑顔でしょ」

「わっ!」

 耳元で囁かれて私は飛び上がった。

「へへへ。おはよ、アスカ」

 私は大きく息を吐いて、体勢を整えたわ。

「おはよじゃないわよ、マナ。びっくりさせないでよ」

「だって、私幽霊だもん」

 はぁ…、アンタねぇ…。

 こうやって、朝の光の中で見れば見るほど、マナは幽霊に見えない。

 制服を着ていれば、そのまま授業を受けても違和感がないでしょうね。

「さて、しばらく私は消えるね。また放課後に私の…じゃなかったアナタの部屋に行くから」

「え?どうして」

「もうすぐシンジが登校してくるから…。
アナタ以外の生徒には私は見えてないけど、さすがにシンジにはすぐ見つかっちゃうから」

 ガラッと扉が開いて、ヒカリが花瓶を手に入ってきた。

 彼女はそのままマナには見向きもせずに、棚に向かう。

 全然見えないんだ…。

 マナはヒカリに甘えるようによりかかると、私に小さな声で言った。

「ヒカリっていい子よ。毎日花瓶の水変えてくれるの。
 でも案外友達がいないから…、アスカできれば…」

 そうやって私の顔を見つめるマナに、私は力強く頷いたわ。

 任せなさい。ヒカリはこの私に!

「アスカ?どうしたの。首ガクガクさせて…?」

 マナはまたもや消えていた。

 あの幽霊娘!消えるときは消えるって、意思表示しなさいよ!

 私、馬鹿みたいじゃない!

「あ、そ、それはね、ヒカリって優しいなって、感動してたのよ」

「ううん…」

 ヒカリは写真立てを手にした。

「この子、中1の時の同級生。事故で死んじゃって…。
 でも、一緒に卒業したいなぁって…」

 うぅっ…。いい話じゃない、ホント。

「うん、きっとマナも喜んでるよ」

「はい?」

 しまった。私が名前知ってるわけないじゃない。え〜と、フォローしなくちゃ。

「あ、あのね、実は私の家、前にマナが住んでいたって、近所の人が教えてくれたの」

「へえ〜、びっくり。凄い偶然ね。あ、じゃ近所の人って、碇君?」

 仕方がない、そうするか。私は頷いた。

「なるほど。碇君だったらマナの写真持ってるもんね」

 納得したヒカリに、私は胸を撫で下ろした。とりあえず、フォロー成功。

 

「あ、噂をすれば。おはよう、碇君」

 アイツが教室に入ってきた。

「おはよう…」

 アイツはマナの写真を一瞬見つめ、席に向かった。

 生意気にこの私には目もくれずに。

 きっと昨日の玄関先の一件で、怒ってるんだわ。ふん、お子様ね。

 私はわざと胸をそびやかせて、アイツの隣の席に座ったわ。

「おはよう、お隣の碇さん」

 どうして私はこんなに好戦的なんだろ…。自分でもあきれちゃう。

「おはよ…」

 アイツは私の方を見ないでボソッと言うと、窓の外に目を移したわ。

 くぅ〜!悔しい!

 今に見てなさい!私なしでは生きていけないようにしてあげるから!

 

 あれ?私、今何て。

 ぼふっ!

「どうしたの、アスカ?顔赤いわよ」

 後ろからヒカリが覗き込んできたわ。いけない!

「は、はは、ちょっと、ね」

 笑ってごまかすしかないわね、これは。

 もうっ!マナのせいよ。アンタがあんなこと頼むから!

 私がアイツと、こ、恋人になれなんて言うから!

 それで変なこと考えちゃったんじゃないのよ。

 

 あ、ローレンツのヤツが来たわ。

 私は前方を見据えた。

 ヤツはふてぶてしく笑いながら…。

 は?私の方を見て…じゃないわね、アイツを見たんだわ。

 そして、軽く手を上げて笑ったの。あ、目の上、少し腫れてる…。

 私は横のアイツを見た。アイツはちょっとだけ机から右手を上げて挨拶したわ。

 ほっ…。ママの言った通りだった。これが男同士ってアレなのね。

 拳で仲良くなるってアレね。ママの好きな大昔の青春ドラマみたい。

 私は何かとっても、うらやましかったな。

 アイツってあんなに情けなさそうなのに…、結構硬派なのかな?

 とにかく、対ローレンツの1件はこれでお終いね。

 ローレンツもラッキーなヤツね。

 ま、私は見逃してあげるから、ドイツの中学で絞られなさいって。

 

 さて、1時間目は数学か…。

 あ、いけない。教科書の漢字調べるの忘れてた。

 そうよ、これもマナのせい…じゃないわね、私がしてなかったんだ。

 う〜、昨日の今日でまた同じことを繰り返すの?

 私って馬鹿。

「これ使って」

 隣から教科書の山が移動してきたわ。

 アイツの方を見ると、移動させた本人はそっぽを向いてる。

「今日進みそうなところはしておいたから」

 わざとぶっきらぼうな口調を装ってる。

 マナの言う通り、いいヤツなんだ、本当に。

「代わりに君の教科書貸してよ」

「あ、わかった…」

 私は急いで机の中から教科書を出して、アイツの机へ動かしたわ。

 アイツはそのまま机の中に仕舞いこむ。

 それを見ていた私の背中をペンで突付いたのはヒカリ。

「優しいのね、お隣さんは」

「ば、馬鹿ね。そんなのじゃないわよ」

 ふ〜んと笑ってヒカリは授業の準備を始めた。

 ま、感謝するわ、お隣さん。これで今日の授業は大丈夫ね。

 ……。

 明日も、駄目?お隣さん?

 

 お昼休み。

 私は後ろのヒカリの机に向き直って、お弁当を食べてる。

 隣のアイツはベルが鳴ると同時に、どこかに姿を消してしまったの。

 お弁当…じゃなさそうね。パンかしら?

「アスカ、さっきから碇君の机ばっかり見てるよ」

「はひ?」

 ママのおいしい卵焼きを頬張ったまま、私はヒカリを見たわ。

 いたずらっぽい目で私を見てる。

「碇君はいっつもお昼は外でパン。教室にはいないわ」

「あ、そうなの?家事は得意って聞いてたから…」

「え、誰に?」

 あわわわ、またやっちゃった。

 大体、あのマナがあまりに幽霊っぽくないのが悪いのよ!

 つい普通の友達の感覚になっちゃうから…って、ど〜しよ。

「ママよ、ママ。私のママがお隣に挨拶に行ったときにアイツから聞いたのよ」

「あ、そう」

 はぁ…、よかった。ヒカリったら、鋭い割に信じやすい方なのね。それだけ人がいいってことか。

 これから注意しなきゃ!私ったら不用意この上ないわ。

「そうか…。そういえば、マナが死ぬまで、碇君がお弁当作ってきてたわよね」

「へ?マナの分も?」

「そう。二人分。いっつも教室で二人で食べてた」

 あ、あの娘ったら。でも、ちょっと、羨ましい、かな…?

 そっか、だからパンなのか。だから教室にいたくないのか…。

 可哀相なヤツ。

 ふっふっふ。アスカ様の闘志が沸いてきたわ、フツフツとね…。

 きっと、アイツに教室でお弁当を食べさせてやるわ!

 そして、私の分も作らせるの!

 あれ?違う違う。そうじゃなくって!

「アスカ?どうしたの?食べないんだったら、これ頂戴?」

「駄目!ハンバーグは最後に取ってるの」

「じゃ、このフランクフルト。スーパーのとは違うみたい」

「へぇ…よくわかるわね。本場ドイツの直輸入よ。うん、これなら許可する」

「ありがと…(パクッ&ムシャクシャ)…うん、おいしい…すっごく」

「じゃ、アンタの唐揚げゲットね!(パク!)」

「あ〜、最後に食べようと残してたのにぃ」

「そんな顔しないでよ。ママの唐揚げと交換よ、ハイ」

「あ、これも美味しい。何で味付けしてるのかしら?」

 う〜ん、主婦してるわね、ヒカリって。

 

 お昼を食べている間に、私はヒカリが家事全般をこなしているのを知ったの。

 ヤだな…。じゃ私の周りで家事してないのって、私とマナだけ?

 あ〜!違うって。マナは死んでるんだから、私だけじゃないよ!

 これは拙いわね。

 特訓してマスターするか、家事をこなせる夫を見つけるか…。

 となると、アイツって線も…。

 えぇ〜、また変なこと考えてるよ。授業始まってんのに。

 ちょっと、マナ。本当にアンタのせいよ!

 私は横目でアイツを盗み見た。アイツは真剣にノートを取ってる。

 少しのほほんが取れて、真面目な表情。

 こんなヤツ、タイプじゃない。

 でも、私のタイプってどんなのだっけ?

 背が高くて、二枚目で、優しくて、頭が良くて、カッコ良くて…。

 う〜ん、具体的じゃないわね。

 ま、私にはまだ早いってことなのよ、きっと!

 じゃ、マナがおませだったのよ。中1だから13才、いや12才ね、多分。

 12才で死んじゃっても気になるほど、好きになったわけか…。

 うらやましい…かな?わかんないわ。

 はぁ…って、今授業中じゃない。駄目駄目、勉強しなくちゃ…。

 

「さ、マナ、出ておいでよ。ママは買い物だからさ」

 私はベッドに座って、空中に呼びかけたの。ちょっと、変な感じ。

「呼んだ?」

 耳の後ろでマナが囁いた。

「ひやっ!アンタ、また悪趣味よ!もうっ、びっくりすんじゃない」

「ははは、ごめんごめん。どうも何かしないと悪いような気がして」

「何かする方が悪いの。素直に出てきなさいよ、これからは」

「う〜ん、何かものたりないよ〜な」

「協力しないわよ」

「あ〜ん、ごめん。もうしないから、ね?」

 はぁ…、もうこの娘ったら。

 本当に幽霊って感じがしないのよね。

 これで実体があったら、間違いなくじゃれあってるわね、私たちって。

 私、一人っ子だから実感わかないけど、妹ってこんなのかな?

 妹でいいわよね、マナ。アンタ、12才で死んだんだし、胸ないし、ね?

 あ〜あ、でもそんなマナが初恋の味を知ってて、私が未経験ってのは癪よね。

「ど〜したの?アスカ。考え込んじゃって」

「ん?何でもない。それよりアイツのこと、教えなさいよ」

「何を?」

「アンタねぇ、情報がないと手が打てないでしょ。戦いに勝つにはまず情報が必要なのよ!」

「アスカ、かっこいい!」

 マナが手を叩いた…音はしないけど…。

「あのねぇ…。アンタがアイツとラブラブだったのはわかったから、その他のことで…」

「でも私、シンジに告白してないよ。
 だってシンジを好きだなんて思ってなかったもん」

 幽霊娘が衝撃の告白を私にした。

「それってどういうことよ。じゃ今のこの状況は何なのよ?」

「ん〜とね、私がシンジを好きだったのはず〜と前から。出会ったときからよ。
 でもね、男性として好きになったのは、死んでから…なのよね」

「は?死んで…から?」

「うん…。死んじゃって、シンジを見ているうちにね、なんかこう…胸が苦しくなってさ…」

 マナがその時を思い出すように、私の隣に腰掛けてシンジの部屋の方の壁を見つめている。

 

「一度…たった一度だけ、シンジの前に出たのよね」

「出たって、幽霊として?」

「うん。大失敗しちゃった。
ストレートにシンジの前に出ちゃってさ、シンジが半狂乱になっちゃったの」

「怖がって…?」

「違う…。すぐに私消えたんだけど、

『マナ!出てきてくれ!もう一度!そこにいるんだろ!好きなんだ!マナ!』って、

喉が涸れるまで叫びつづけて、食事もとらないで…何日も…

担任の先生が来なかったら、シンジ死んでたかもしれない」

 私は圧倒されていた。アイツの思いの強さに。

 私はそこまで人を好きになれるだろうか?

「それから、私は二度とシンジの前には出ていかないって誓ったの。
 シンジのあんな姿見たくないから」

「そっか…」

 私の声は喉に引っかかったみたいにボソリとした感じになっていたわ。

 茶化せるような内容じゃないわ。

 それに死んでから好きになるって、ううん…違うわね。

 死んでから気が付いたのよね。自分の気持ちに。

 哀しいよ、アンタ。

 そんな明るい顔してるけど、自分の気持ちに気づいたとき、後悔したんでしょうね。

 もう取り返しがつかないんだもん…死んでるんだから。

 私は瞼が熱くなるのを抑えて、わざと冷静を装って先を促したわ。

「それから…?ううん、その前も…もっと教えてよ、マナ?」

 

 

 

Act.4 ひとりぼっちのアイツ  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第4話です。あと少し設定案内編が続きます。もうしばらくお付き合いください。